著書になかで「人生を存分に生きる」という表現がある。わたしはこの言葉に何度も勇気づけられた。これは一生懸命生きるとか、最善を尽くして生きるという意味とは違う。
4月末、リモートワーク中に体調を崩した。溜まっていた感情が自分の中で爆発して、zoomの接続を切ったあと、急激に発汗して、その後血の気が引き、続いて激しい虚脱感に襲われた。
感情に大きな抑揚が出たときまま現れる症状だ。その日以降、睡眠の質があっというまに悪化し、何度かパニック発作にも見舞われた。
トラウマという言葉がもつ、スティグマ的な語感が苦手だ。もう腹いっぱいで言葉だけで消化不良の感あった。20歳前後で幼少期の発育環境に起因するトラウマを精神科医に指摘され、カウンセラーを交えて必死にトラウマケアに取り組んだ。
本著でも扱われているEMDRという治療を受け、ずいぶん回復できたと思う。治療の経緯をドキュメンタリー風で描いた原稿用紙で1000枚近い小説も書いて出版した。ずっとハイで、異常に濃密な20代半ばを少し恥じている。人間の心身をすべて理解したような自分の言動を思い出すと今でもうんざりする。
現在の自分の心身の不調は、過去に起因していることは分かってはいる。しかし当たり前だが簡単に解決はできることではない。
「今の苦しみはトラウマのせいなんだ」と中年になり体脂肪もずいぶん増えた大人として、口にはできなかった。本質的な問題に正対できなかった。
リモートワークも自粛生活もこの度の心身の不調のトリガーにはなったけど、根本の原因ではない。本著でいうところの、脳の危険探知機である扁桃体が、トラウマ記憶によってバカになってしまっている。
取るに足らないできことで、自律神経が異常な反応を繰り返していることが根本の原因だと思う。
実際トリガーとなった仕事中の出来事は、働いていればよくあることだ。「イライラするな、感情的になるな」とずっと自分に言い聞かせていたが、無駄だった。自律神経がバカになっているので、理性でコントロールするのは限界があるわけだ。
日々わたしは辛うじて自分を制御して、なんとか生活費を稼ぎ、家族の生活を支えている。しかしほとんどのエネルギーを日々生き残ることに費やしている。夜眠ることや、朝の倦怠感の対処や、パニックの予期不安が現れたときの対処に膨大なエネルギーを消耗している。
わたしは必死に生きていると思うし、一生懸命日々を過ごしていると思うが、存分には生きていない。いつも不安で、いつも身体のどこかが痛い。心身が常に抑制的で、縮こまって生きている。
身体の痛みと気分の抑揚は対処療法的にしのいできたが、この度の不調はいよいよ感があって、八方塞がりの感があった。さまざまな考えや感情が去来する中で、でも生きていかなければならないという結論しかない。できれば、よりよく生きていきたい。これまでの経験や直感をフル活用して手にしたものが本著だった。
40歳を過ぎて恥ずかしい気もするが、能力をすべて発揮したという充足感が欲しい。不眠や抑うつやパニックのケアに悩まされない日常を味わってみたいと改めて思った。
本著はいくつかの心理療法の効果について述べている。その多くが、現在の患者が抱く身体的感覚に、突破口を見出している。実感として言えるが、信頼に足る内容だと思う。
著者のベッセル・ヴァン・デア・コーク氏は一貫して科学的根拠を提示し、臨床の現場に立つ専門家として、一貫して患者に寄り添われ、その優しさにわたしは何度も励まされた。